図書館で男性の育休に関する本を調べ、『男性の育児休業』という本が見つかる。出版されたのが2004年3月と約20年前の書籍であり、おそらくはこの分野の研究者じゃなければ、ほぼ手にすることはないだろう。私自身、研究者でも何でもなく、ただ、現在進行形で育休取得中のサラリーマンというだけなので、我ながら好事家だなあと思いながら読んだ。
ちなみに、私がこの本を読もうと思ったのは、研究者による男性育児休業の本が読みたかったからだ。「男性 育休」で検索しても、たいてい、これから育休を取ろうとする人に向けた初歩的な制度説明系や、個人的な体験談系(正直、圧倒的にこれが多い)の本ばかりがヒットする。そういう本はそういう本で面白いし意義があると思うのだが、研究者が書いたような専門的な内容をもう少し読みたかったのである。ただ、私が調べる限り、そういう本はほとんど見つからなかった。あっても、個人的思想の強い本が多く、また、データの取り扱いについて「その資料使ってそんなことまで言っていいの?」と思うようなことが多い印象であった。そんな中、この本が信用のおけそうな数少ない本だったわけである。そんな本が20年前の本になってしまうこと自体が、まだまだ男性の育児休業の研究が進んでいないことを感じてしまうが。
さて、本書の内容だが、
今でも十分に読み応えのある内容
というのが読後の感想。本当に20年前に書かれた本なのか?と思わずにはいられない。
本の内容(メモ)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-9978123792
目次 第1章 なぜ男性は育児休業をとらないのか(取得者はきわめて少数 「育児休業法」の成立まで ほか) 第2章 企業にとって子育て支援はマイナスか(企業経営と人事管理 「仕事最優先」から「仕事と生活の両立」へ ほか) 第3章 男性の子育て参加モデル(求められる父親役割の変化 なぜ育児休業を取得したのか ほか) 第4章 海外にみる男性の子育て支援策(EUにおける取組み イギリスの父親の休暇促進のための取組み ほか) 第5章 企業がとるべきアクションとは何か(人事管理の視点からみた子育て支援策 男性の育児休業をどうイメージするか ほか)
全部で5章で構成されており、1章では育休制度概要と当時の時代を踏まえた取得状況の整理、2章では企業側の育休対応状況の整理、3章ではいくつかの育休取得者の事例をもとに具体的な課題を記述し、4章では海外政策の解説、5章では1~4章を踏まえ、研究者視点で育休制度の普及に係る提言を述べている。
著者は佐藤博樹氏と武石恵美子氏。佐藤氏は東京大学名誉教授で人的資源管理・労使関係の権威。武石氏も人的資源管理の教授とのこと。佐藤氏は少し前の日経新聞でも育休について述べられたので、やはりその道では有名な人なのだろう。
バリバリの教授陣が書いた本ということで、よくある育休本の少し柔らかい、感情入り交じる本とは違い、少しお固め。統計データや法律をもとにした記述が多く、背筋をピンとして読んだ。その分、学びが多い内容だった。
個人的には1-2章、そして最後の5章が興味深かった。
第1章では、当時の厚生労働省の資料を基に、男性育休の取得状況について客観的な視点で解説するのであるが、気になったことを以下にまとめる。
・育休制度が導入されたのは1992年で、30年の歴史。 ・企業も個人も、多くの場合は「女性が取得するもの」、という感じで捉えられていた。 ・制度当初、配偶者が専業主婦(夫)となる場合、育休所得はできなかった。また、給付金も20%程度しかなかった。2002年時点で40%になった。 ・男性育休の必要性に関するアンケート結果は、今も昔も対して変わらないが、時代背景として女性の社会進出の後押し、核家族化等が拍車をかける。ただし、実際の男性育休取得率は2002年で1.9%しかいなかった。男性社員は育休を取りたくても取りにくい状況。これも現代と変わらない。
今の先輩社員たちの認識を理解するうえでも、こういった知識は重要になってくるように思うが、最近の育休本ではなかなか触れられていない情報だろう。補足ながら、変遷の情報は下記に詳しい。
第2章では、企業側の育休に対する見方を解説する。
・今でこそ、多くの企業が育休推進を声高に発しているが、この当時は男性育休について、経営者層は否定的にとらえていた(そんな中でとれと言われても、普通は取れないだろう…)。 ・30代男性は家庭でも仕事でも重要な位置づけであり、簡単に代理をつけられない状況(これは今も同じか) ・年功序列システムよりも、成果主義システムのほうが、育休取得の挽回という観点では育休取得と親和的
第5章では、具体的に、男性育休について企業が取り組むべきことを提言している。この5章の提言は、育休取得者が増えつつある現代こそ重要な内容だろう。特に、現代も基本となっている目標管理制度を育休前提に柔軟なものにすること、代替要員のの確保を若手の能力開発の機会として積極的に位置づけることなどは、今でも大いに首肯できる。
個人的に特に印象に残った文を引用したい。
日本の企業は、これまで、一家の経済の支え手である男性従業員に対して、住宅や金銭面を中心に、従業員の家族支援策を充実させてきた。大きなコストを注入しながら、従業員の家庭生活を支えてきたのである。しかし、現在そしてこれから「父親」役割を果たす上で決定的に重要なのは「時間」である。また、現代の父親の年代に決定的に不足しているのも、子どもと関わる「時間」である。従来の従業員家族支援策のコストを、子育ての「時間」麺での支援に振り向けるという方向に、再配分するときではないだろうか。 第5章 企業がとるべきアクションとはなにか P148
感想
冒頭に記載した通り、この本が書かれたのは2002年。約20年前なので、ちょうど今の40後半~50代の方々にとっての男性育休状況をまとめたものになるだろう。この世代は、ちょうど20~30代といった育休世代の中心層の「上司」にあたるわけで、この方々が育休に対してどのような印象を抱くかを考える上で非常に有益に感じた。だって、部下や同僚から育休取りたいと言われたとき、「俺の頃は・・・」って思わない人はいないだろうからね。 この本を読む限り、ほとんどの方は育休をとっていなかっただろうし、そもそも育休を取る人が珍しかった(極端なことを言えば変人だった)わけである。そもそも就業規則にすら書いてない会社も結構あったことは驚いた。また、男は仕事・女は家庭という役割分担が明確だったのだこともあり、奥さんが専業主婦の方も結構いらっしゃるしね。それに、年功序列が基本だったから、育休で休んだときの周囲から取り残される感も今よりずっと強かったのだと思う。そんな方々からすれば、私が育休を取りたいといったときの反応も・・・まあ、無理からぬ話なんだと思った。
ただ、我が社でも年功序列はかなり怪しい感じになっているし、男女の差別はなくなっているし、共働きが当たり前になってきている。こういった環境の変化があるのに、男性の育休取得の考え方だけが変わらないわけがないのだ。どこかで変わらなければならない、ちょうどその過渡期にあるのだとあらためて感じる。
(個人的な主観をもとに作成)
日本の育休制度は非常に充実しているといわれている。最近では給付金を80%、いずれは100%まで引き上げよう流れになっている。ただ、金額以上に重要なのは、「とってもよい」という空気感であることは、多くの人が同意してくれることだろう。そういった点を考える上でも、少し硬い文章ではあるがとても興味深い内容であった。ないとは思うけど、もしも今後人事総務部に異動したら、もう一度読んでみよう。